まんぷく

まんぷく池田信用組合のロケ地はどこ?実在モデルは大阪華銀!

NHK連続テレビ小説「まんぷく」
第7週で、世良の裏切りもあり「たちばな塩業」の社員たちはギクシャク・・・。そんな社員たちのために、福子たちは慰労会を開きました♪

タカは得意のハーモニカ演奏、福子は「リンゴの唄」を英語で独唱、鈴は「国定忠治」になりきってましたね♪そんな鈴が一番ウケるなんて意外(笑)


そして最後は、萬平と福子による夫婦漫才。萬平の棒読み感・・・苦手・緊張といろんな感情が伝わってきました!

まんちゃん
まんちゃん
慰労会で1番活躍したのは、鈴だったね!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
みんなの盛り上がりように、私も笑顔に♪

今回は、そんなまんぷくに登場する池田信用組合のロケ地を調査するとともに、池田信用組合と実在モデルの大阪華銀の違いを詳しく紹介します♪

池田信用組合のロケ地はどこ?

第14週から登場予定の、池田信用組合のロケ地について調べてみましたがまだ情報がありませんでした。

国の登録有形文化財になっている「ゆりの木会館」知っていますか?

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冬深し「びっくりぽん」のロケありと

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NHK連続テレビ小説「あさが来た」の第1話の冒頭で白岡あさが「日の出女子大学」の入学式の壇上で祝辞を述べるシーンに登場しました!

旧姫路高等学校は大正12年に設計され、大正15年に竣工した木造の本館・講堂が残っています。下見板貼スティックスタイルによる文部省直轄学校建築の一事例。

文部省直轄学校建築は旧制第一から第五高等学校は煉瓦造、このあと昭和初期の旧神戸商業大学や旧京都高等工芸学校は鉄筋コンクリート造になりました。敷地南側の石造正門門柱は当初のまま残っています。

なお、姫路工業大学は平成16年4月に神戸商科大学、兵庫県立看護大学と統合し、現在は兵庫県立大学です。

もしかすると「まんぷく」に登場する池田信用組合も、過去の朝ドラに登場した場所かもしれません♪

詳しい情報が分かり次第、追記します!

まんちゃん
まんちゃん
どんな場所で撮影してるんだろうね♪
ぷくちゃん
ぷくちゃん
ストーリだけでなく、ロケ地にも注目です!

池田信用組合と実在モデルの違いは?

池田信用組合について

堺たちが夜間学校に通うための奨学金が給料とみなされ、その分の税金を納めていないという理由で、所得税法違反の容疑で萬平が進駐軍に逮捕されます。

その後、有罪判決に屈することなく釈放を勝ち取った萬平は、世間から英雄のように見られました。そんな萬平のもとを、大阪の池田で織物会社を経営している大鳥勘一という人物が訪ねてきます。

池田を発展させるために、信用組合を作ることになりました。大阪の大手である梅田銀行が資金援助をしてくれること、その金を元手に池田の中小企業に融資をすことを説明します。その信用組合の理事長に、萬平に就任してほしいと頼んできました。

ダネイホンを作り、進駐軍や国を相手に戦った萬平は、理事長にふさわしい人物であり、金融の知識がないことは問題ではない。大鳥は土下座までしましたが、突然の話に萬平も福子も戸惑うばかりでした。


迷ったあげく萬平は真一に相談しにいき、真一も一緒に組合の経営に関わることを条件に、信用組合の理事長就任を引き受けました。

萬平が信用組合の理事長になってから8年後、信用組合は順調に池田の産業発展に貢献していました。福子は、子ども達を学校に送り出した後の空いた時間に、近くの喫茶店「パーラー白薔薇」でウェートレスをしています。

ある日、福子は親友の敏子から、知り合いの町工場を助けるよう萬平に頼んでほしいと言われました。福子は萬平に、小さな会社だけど今まで世の中にないものを作ろうとしていることも話しました。萬平は興奮して話に食いつき、すぐに真一とその会社に出向きます。

その会社は「小田島製作所」といい、万能調理器を作っていました。改良点は残っていましたが、萬平は売れると判断して融資を決定します。

この頃、萬平は小田島製作所で改良を手伝っていました。福子は黙って小田島製作所に行くと、作業服姿の萬平が小田島健三・正と一緒に生き生きとした表情で試作品の改良をしています。

梅田銀行から池田信用組合に、今後は新規融資の資金は出せないと連絡が入ります。そうなると、小田島製作所への融資も打ち切らなくてはなりません。萬平は担当者の喜多村に、交渉しますが「なべ底不況」の現在では、銀行が守りに入らざるをえませんと断られてしまいます。

このままだと、小田島製作所の万能調理器が完成しないため、信用組合に残っているお金で小田島製作所に融資し続けました。信用組合に残っているお金には限界があるため、萬平は梅田銀行以外の出資先を探し始めました。

どこの銀行からも断られる萬平。もう一度梅田銀行に頼もうと言いますが、真一は融資してもらうには担保が必要だと話します。そんな中、ついに万能調理器が完成しました。今度は、商品化するための資金が必要になってきました。

そのため、福子と鈴に「家の土地と建物を担保に融資を受けたい」と萬平は説明します。仰天する福子と鈴に、萬平は万能調理器は必ず売れると断言しました。萬平は、本当にやりたかったのはこういうことだ。万能調理器は夢であり、何としても世に出したいと言って頭を下げます。

福子は、涙をにじませながら家と土地を担保にすることを受け入れ、萬平に微笑むのでした。

立花家の土地と建物を担保にすると決めてから数日後、梅田銀行の喜多村が、経営状況と融資計画の確認に池田信用組合を訪ねてきました。

萬平から「所有する家・土地・家財を担保にいれた」という話を聞いた喜多村。萬平は、融資に難色を示す喜多村を小田島製作所に連れていき、万能調理器の完成品を見せます。

それを見た喜多村は、小さな工場が画期的な調理器具を作り上げたことに感心し、池田信用組合は無事に梅田銀行から、資金援助を受けられるようになりました。しかし銀行の方針が変わったため、池田信用組合の担当者である喜多村が異動となり、矢野亮次が担当になりました。

矢野は、池田信用組合への資金援助を終了し、これまでの貸付金の回収も始めることを萬平と真一に告げます。

そして後日、貸付金の全額返金を求める請求書を届けにきました。期日までに返金するには、池田の多くの企業への融資を辞めざるを得ず、万能調理器の生産も止めなくてはなりません。

萬平は、そのことを小田島製作所に知らせに行き、何とか打開策を考えると言って帰りました。帰宅後、福子に家が差し押さえられる可能性があることを話します。福子は、萬平を責めることなく笑顔で萬平を励ましました。

翌日、池田信用組合が梅田銀行から貸付金の返金を求められている噂が広まり、窓口には預金を下ろしたいと求める人々が詰めかけます。

それから2日後の朝、真一と矢野が信用組合の職員3人を連れて、立花家にやって来ました。そして、矢野は真一達に担保物確認票を貼る作業を始めさせます。

真一は福子と鈴、子どもたちの目の前で苦渋の表情を浮かべながら作業を終わらせました。矢野は萬平と真一に、家財道具を現金化し、土地と家屋を競売しても貸付金に足りなければ、組合員からこれまでの融資金を回収するよう宣言したのです。

立花家では、差し押さえにより鈴が寝込み、克子と忠彦が見舞いに来ていました。帰宅した萬平を鈴は責めましたが、福子は「こういう時のために自分が働いていたんです。家族みんなで力を合わせて頑張ります。何があっても平気です」と笑顔で言います。

萬平は、組合員たちは守ろうと、梅田銀行の上層部に面会を申し込み「池田の産業には大いなる伸びしろがあるんです。今回の責任はすべて私にあり、理事長を退任します。池田の産業の発展への協力をお願いします」と訴えました。

検討の結果、梅田銀行は萬平の申し出を受け入れました。真一を含め職員たちは全員、信用組合に残り小田島製作所も万能調理器の生産を再開させることになったのです。

新任の理事長が就任し、萬平は47歳で人生の再出発をすることに。家が競売にかけられたため、立花家は小さな借家に引っ越すことが決まり、鈴は克子の家で暮らすことになりました。

昭和32年(1957年)の暮れ、福子と萬平、子どもたちは8年間暮らした家を離れ、新たな住まいを目指すのでした。

まんちゃん
まんちゃん
もの作りではなく、信用組合の理事長になるんだね!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
今回も、萬平をしっかり支えてた福子・・・本当に偉いな。

萬平がもの作りしないなんて、見てる私がムズムズする・・・(笑)

でも、万能調理器の改良を手伝うことで「本当にやりたかったのはこういうことだ」って思い出してくれて、安心しました!

ここからラーメンの開発になっていくのか注目です♪

池田信用組合の実在モデル「大阪華銀」について

1948年に脱税容疑でGHQに逮捕され、巣鴨プリズンに収監された百福さん。2年後に無事放免されたものの、百福さんの人生はまた振り出しに戻ります。

1951 (昭和26 )年、百福さんは四十一歳になっていました。 ある日「信用組合を新しく作ります。理事長を引き受けてくれませんか?」と言われ、 百福は金融関係の仕事は経験がないと断ります。

まんぷくに登場する「池田信用組合」の実在モデルは、大阪にあった在日中国人(華僑)向けの信用組合「大阪華銀」です。

「名前だけで結構です。安藤さんのような方がトップにいるだけで信用がつくから」としつこく依頼されました。百福さんは、嬉しさのあまり理事長に就任します。

小さくても銀行の頭取なので、 生活は華やかになりました。正月の三が日には、池田の自宅に年賀の客が絶えずとうとう、百人を超すように。コックを二人呼んでお膳を用意するほどの賑わいでした。

 仕事一途で、趣味も遊びもなかった百福さん・・・
ゴルフを覚えました。早朝、ゴルフ場が開くのを待ちきれずにコースに入り込み、練習をするほど(笑)始めると夢中になるくせは仕事だけではありませんでした。

宝塚歌劇が好きになり、当時の娘役・乙羽信子さんのファンになります。自分からは言い出しにくいので、いつも子どもやお手伝いさんに「観たい」と言わせてチケットを買いました。

百福さんは家で「すみれの花咲く頃」を歌いますが、あまり上手ではありません。

仁子さんは家事の合間に、映画と文楽を見るのを楽しみにしました。洋画が好きで、 映画を見て帰ってくるといつも主題歌を口ずさみます。須磨さんは、幼い宏基さんと明美さんが可愛くて仕方がなく、二人の面倒を見ました。

仁子さんは、泉大津の時のように、また家族に災難が降りかかるかもしれない。「人間にとって一番大事なのは食だ」と、塩や栄養食品の開発に取り組んでいた百福さんは、慣れない銀行の仕事をしていて大丈夫なのか・・・。

「私にできることは祈ること」と、 仁子さんは信仰の道に入りました。

巡礼場所は・・・?
・現世のあらゆる罪が消滅するという「西国三十三観音霊場」
・現世利益を叶えてくれるという「近畿三十六不動尊霊場」
・病気を治して長生きできるという「西国四十九薬師霊場」、
「西国四十九薬師霊場」
他人を苦しめないようにという「尼寺三十四霊場」
※弘法大師ゆかりの寺を訪ねる「四国八十八ヶ所霊場」めぐりだけは晩年の楽しみにとっておきました。

仁子さんの巡礼はすべて日帰りでした。車や飛行機で出かけますが、帰る頃になると百福さんの帰りを気にして、いつもそわそわし始めます。

百福さんは若い頃から早寝早起きで、仕事が終わるとさっさと帰宅しました。家で夕食、朝食をしっかりと食べます。仁子さんはその準備にいつも頭を悩ませていました。「主人の健康は、私が支える」と責任感が強く、帰宅した百福さんが今日はこれが食べたいというと、今まで準備したものを作り変えるほど。

百福さんが何か始めると、周りの人はいつの間にかその渦に呑みこまれます。仁子さんは決してグチは言いませんが、気持ちが収まらない時は周りにいる人に手を借りて手の平を「くそっ」とつねるふりをし、溜飲を下げたそうです。これをいつしか人は「仁子のくそ教」と呼ぶようになりました。

「名前だけで結構ですから」 と頼まれて引き受けた仕事ですが、 百福さんはじっと座っている仕事は性に合いません。営業担当者と一緒に心斎橋周辺をぐるっと挨拶に回ると、 相当な預金が集まりました。「私の信用度もまんざらではないな」と嬉しくなります。

百福さん自身も口座を作り、トラの子のお金をすべて預金しました。 最初の数年間は順調に進みましたが「素人集団」という決定的な問題が・・・貸付審査は非常にルーズで、組合員への融資がルーズだったため不良債権が発生していました。

組合に預けられたお金は、関係の深い都市銀行に預けます。都市銀行は勝手に預金が集まるメリッ トがあり、その代わりに組合員の振り出す手形や小切手は手形交換所へと回り、そのお金は都銀を通じて支払うというシステムでした。

そんなある時、都市銀行から経営の問題点を指摘され始めます。不足金が設定融資限度額を超えると、態度が厳しくなりました。

こんな時に限って、うまい話が持ち込まれます。経営を再建したいという思いでこの話に乗りましたがやはり、失敗でした。

百福さんは、自分の預金を引き出して債権の処理にあてようとしました。しかし 組合の資産は凍結、自分の預金口座も勝手に引き出せない状況です。「倒産」、百福さんは理事長として責任を問われました。

またしても、財産を失うことになったのです。国税局の役人が池田市呉服町の家に差し押さえにやってきました。須磨さんは現金や証書類を腹巻の中に隠します。残りは仁子さんがハンドバッグに押し込み、離れの間にほうり込みました。

別の部屋では、スキー場から帰ってきたばかりの冨巨代さんが疲れて寝ています。税務署員も、若い女の子の布団までは剥がさないだろうと布団の中にも書類を隠しました。小学校一年生だった明美さんのランドセルの中にも書類を押し込みます。

役人は、裸電球のともった納戸の中に入って財産になりそうなものを探しました。小学校三年生の宏基がタンスに貼られた赤紙をはがそうとしましたが、「これはもう私たちのものではないのよ」と須磨さんに止められます。

残ったのは、池田市の借家だけでした。

一等地の不動産も没収・・・
久原法房之助の助言で購入した心斎橋や御堂筋、大阪駅前の土地や店といった不動産物件もすべてなくなります。後年まで所有していたら、大変な財産になっていました。

税務署の査察は三回。百福さんはいつも不在で、翌朝になると食堂で何事もなかったように座っていました。

信用組合は倒産。 泉大津の時と同じように、百福さんはまたしても財産を失いました。  百福さんは毎日、 迷惑をかけた預金者一人一人の顔を思い起こしては、 これからどうしていけばよいのか。 頭の中はそれでいっぱいでした。

この後、即席麺「チキンラーメン」の開発を開始します!

まんちゃん
まんちゃん
百福さん、ゴルフ好きだったんだね。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
ある意味、いろんなことを知れて良かったのかも・・・。

仁子さんが、信仰の道に入り巡礼してたことには驚きました!不満に思うこともあったようですが・・・仁子さんのなかには百福さんの存在でいっぱいなんだろなと感じました。

もし自分が仁子さんの立場だったらと思うと、想像すらできませんでした(笑)

これから、百福さんは「チキンラーメン」に夢中になるんでしょうね・・・。

最後に・・・

ドラマ「まんぷく」では、理事長になっても万能調理器というものづくりに関わっていましたね!ものづくりをしている、萬平の姿を見てるときが1番安心かも(笑)

一方、百福さんは遊んだり、趣味を見つけたり・・・。今まで仕事一途だったから余計に、楽しく感じたでしょうね♪

そして、福子も悩みながら萬平を支えていましたが、仁子さんも本当に大変だったんだろうなと実感できるエピソードでした!

萬平と百福さんのエピソードには違いがありましたが、百福さんのエピソードを振り返りつつ「まんぷく」を観るのも良いかもしれません!

まんぷくのこれからに期待しています♪