まんぷく

まんぷくパーラー白薔薇のロケ地を紹介!実在モデルとの違いは?

NHK連続テレビ小説「まんぷく」
「笑って泣ける、人生大逆転ドラマ」という言葉通りのまんぷく♪

第7週第42話では、三田村会長に3万円投資してもえることになりましたね!そして、福子の「妊娠3か月」という嬉しいニュース♪

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待望のベビちゃんですっ♥️楽しみー! . #まんぷく #立花萬平 #立花福子 #長谷川博己 #安藤サクラ #今井鈴 #松坂慶子

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立花家は、これから賑やかになりますよね!
きっと、問題も出てくるんでしょうが・・・楽しみです♪

まんちゃん
まんちゃん
福子の妊娠、嬉しいよね♪
ぷくちゃん
ぷくちゃん
報告した後の、福子の涙は鈴の喜ぶ顔を見て自然と出たんだって!

今回は、後に登場するパーラー白薔薇のロケ地について調査するとともに、パーラー白薔薇と実在モデルの違いについて詳しく紹介していきます♪

パーラー白薔薇のロケ地はどこ?

残念ですが、まだ情報がありませんでした!

調べていると、こんなカフェを見つけました♪


名前が「百福」!そしてこのカフェ・・・原田龍二さんのお父さんがしているようです♪

まんちゃん
まんちゃん
埼玉県さいたま市緑区
芝原にある古民家カフェ♪

ぷくちゃん
ぷくちゃん
あんみつが美味しそうだったよ♪

安藤百福さんと同じ「百福」なので、つい紹介してしまいました(笑)

まんぷくに登場する「パーラー白薔薇」は、どんな雰囲気の喫茶店なのか気になりますね♪

情報が分かり次第、追記します!

まんちゃん
まんちゃん
福子のウェートレス姿のも楽しみだね♪
ぷくちゃん
ぷくちゃん
美味しいコーヒー飲みたくなってきた(笑)

パーラー白薔薇と実在モデルの違いは?

パーラー白薔薇について

昭和32年(1957)年9月、萬平が信用組合の理事長になってから8年が経過しました。福子たちは池田に住まいを構えています。

真一が右腕となって働いてくれているお陰もあり、信用組合は順調に池田の産業発展に貢献していました。

福子は、子ども達を学校に送り出した後の空いた時間に、近くの喫茶店「パーラー白薔薇」でウェートレスをしています。

金銭的に困っていたわけではありませんが、空いた時間が喫茶店の混む時間帯に当たるので手伝うことにしました。

タカは大阪大学を卒業して神部と結婚し、香田家で暮らしています。タカの弟・重之と学が東京の大学に出ていたので、香田家は手狭になることはありませんでした。

ある日、福子は親友の敏子から、知り合いの町工場を助けるよう萬平に頼んでほしいと言われます。

福子は萬平に小さな会社だけど、今まで世の中にないものを作ろうとしていることも話しました。萬平は興奮して話に食いつき、すぐに真一とその会社に出向きます。

ぷくちゃん
ぷくちゃん
萬平のワクワクしてる姿が、想像できるよね♪

その会社は「小田島製作所」といい、ジューサー・ミキサーにもなり、野菜をみじん切りにすることもできる万能調理器を作っていました。改良点は残っていましたが、萬平は売れると判断して融資を決定します。

ある日、世良が立花家を訪ねてきます。何で萬平がいないのか聞くと、毎日残業で遅くなっていると福子は話しました。しかし世良は、立花家に来る前に信用組合に電話をし、理事長は定時に退社したと聞いていたのです。

まんちゃん
まんちゃん
えっ!?残業じゃないの?

その日の夜、鈴から毎日残業と言って帰りが遅いのはなぜか聞かれると、萬平は小田島製作所でお手伝いをしていると打ち明けました。

翌日、福子は黙って小田島製作所に行くと、作業服姿の萬平が小田島健三・正と一緒に生き生きとした表情で試作品の改良をしています。福子は萬平が本当はものづくりをしたいのではないかと感じました。

ぷくちゃん
ぷくちゃん
生き生きした表情かぁ!本当は、ものを作りたかったんだろうね!

福子は萬平が8年間、家族のためを思って理事長の仕事を続けてきたのではと不安に思います。世良に相談すると、萬平は新しい趣味をみつけたようなものと言われ、福子も自分を納得させました。

萬平の話をタカから聞いた神部も、仕事終わりに小田島製作所で万能調理器の開発に協力するようになります。

梅田銀行から池田信用組合に、今後は新規融資の資金は出せないと連絡が入ります。そうなると、小田島製作所への融資も打ち切らなくてはなりません。

萬平は担当者の喜多村に、交渉しますが「なべ底不況」の現在では、銀行が守りに入らざるをえませんと断られてしまいます。

1954年から1957年まで続いた神武景気の後の1957年から1958年にかけて起こった不況のことです。政府・日銀が国際収支改善のため金融引き締め策をとり、産業界は操業短縮により在庫調整をおこなったことによる内需不振が原因に・・・!1958年度経済白書の「不況は中華鍋の底をはう形で長期化する」という見解から、なべ底不況と呼ばれるようになりました。

このままだと、小田島製作所の万能調理器が完成しないため、信用組合に残っているお金で小田島製作所に融資し続けました。しかし、信用組合に残っているお金には限界があるため、萬平は梅田銀行以外の出資先を探し始めました。

どこの銀行からも断られる萬平。もう一度梅田銀行に頼もうと言いますが、真一は融資してもらうには担保が必要だと話します。そんな中、ついに万能調理器が完成しました。

ぷくちゃん
ぷくちゃん
神部までぇ!?とりあえず無事に、完成したんだね!

今度は、商品化するための資金が必要になってきました。

そのため、福子と鈴に「家の土地と建物を担保に融資を受けたい」と萬平は説明します。仰天する福子と鈴に、萬平は万能調理器は必ず売れると断言しました。

萬平は、本当にやりたかったのはこういうことだ。万能調理器は自分と神部にとっても夢であり、何としても世に出したいと言って頭を下げます。

福子は「8年前、本当の萬平さんに戻ってくださいと言ったのは私ですから」と涙をにじませながら、家と土地を担保にすることを受け入れ、萬平に微笑むのでした。

まんちゃん
まんちゃん
家事、炊事、仕事に育児・・・
ぷくちゃん
ぷくちゃん
萬平の心配もだから、辛いよね!不安にもなるし。

絶対、不安!福子は、不安で仕方ないですよね・・・。したい仕事を我慢させてるんじゃないかとか、自分を責めちゃうのも分かります!

それでも、家事、炊事、仕事に育児をこなす福子はスゴイ♪見習わないと!(笑)

パーラー白薔薇と実在モデルネタバレ

1951 (昭和26 )年、百福さんは四十一歳になっていました。 ある日「信用組合を新しく作ります。理事長を引き受けてくれませんか?」と言われ、 百福は金融関係の仕事は経験がないと断ります。

「名前だけで結構です。安藤さんのような方がトップにいるだけで信用がつくから」としつこく依頼されました。百福さんは、嬉しさのあまり理事長に就任します。

まんちゃん
まんちゃん
苦労した後だから、嬉しかったんだね♪

小さくても銀行の頭取なので、 生活は華やかになりました。正月の三が日には、池田の自宅に年賀の客が絶えずとうとう、百人を超すように。コックを二人呼んでお膳を用意するほどの賑わいでした。

仕事一途で、趣味も遊びもなかった百福さん・・・
ゴルフを覚えました。早朝、ゴルフ場が開くのを待ちきれずにコースに入り込み、練習をするほど(笑)始めると夢中になるくせは仕事だけではありませんでした。

宝塚歌劇が好きになり、当時の娘役・乙羽信子さんのファンになります。自分からは言い出しにくいので、いつも子どもやお手伝いさんに「観たい」と言わせてチケットを買いました。

百福さんは家で「すみれの花咲く頃」を歌いますが、あまり上手ではありません。

仁子さんは家事の合間に、映画と文楽を見るのを楽しみにしました。洋画が好きで、 映画を見て帰ってくるといつも主題歌を口ずさみます。

「腰抜け二挺拳銃」(1949年・米映画)でボブ・ホープが歌った「ボタンズ・アンド・ボウズ」(ボタンとリボン)やフォークソングの「テン・リトル・インディアンズ」を綺麗な声で歌いました♪
若い頃から親しんだ英語の発音は上手だったそうです。

須磨さんは、幼い宏基さんと明美さんが可愛くて仕方がなく、二人の面倒を見ました。

仁子さんは、泉大津の時のように、また家族に災難が降りかかるかもしれない。「人間にとって一番大事なのは食だ」と、塩や栄養食品の開発に取り組んでいた百福さんは、慣れない銀行の仕事をしていて大丈夫なのか・・・。

「私にできることは祈ること」と、 仁子さんは信仰の道に入ります。

山梨県にある日蓮宗総本山久遠寺の修行僧だった関法尊師に出会い、教えを受けることにしました。人を悲しみから救ってくれる観音様の慈悲を知り、自らも観音様と一体になることを望んだのです。

巡礼場所は・・・?
・現世のあらゆる罪が消滅するという「西国三十三観音霊場」
・現世利益を叶えてくれるという「近畿三十六不動尊霊場」
・病気を治して長生きできるという「西国四十九薬師霊場」、
「西国四十九薬師霊場」
他人を苦しめないようにという「尼寺三十四霊場」
※弘法大師ゆかりの寺を訪ねる「四国八十八ヶ所霊場」めぐりだけは晩年の楽しみにとっておきました。

仁子さんの巡礼はすべて日帰りでした。車や飛行機で出かけますが、帰る頃になると百福さんの帰りを気にして、いつもそわそわし始めます。

百福さんは若い頃から早寝早起きで、仕事が終わるとさっさと帰宅しました。家で夕食、朝食をしっかりと食べます。仁子さんはその準備にいつも頭を悩ませていました。「主人の健康は、私が支える」と責任感が強く、帰宅した百福さんが今日はこれが食べたいというと、今まで準備したものを作り変えるほど。

ぷくちゃん
ぷくちゃん
準備してたのに作り変えるって・・・私には無理だ(笑)

百福さんが何か始めると、周りの人はいつの間にかその渦に呑みこまれます。仁子さんは決してグチは言いませんが、気持ちが収まらない時は周りにいる人に手を借りて手の平を「くそっ」とつねるふりをし、溜飲を下げたそうです。これをいつしか人は「仁子のくそ教」と呼ぶようになりました。

「名前だけで結構ですから」 と頼まれて引き受けた仕事ですが、 百福さんはじっと座っている仕事は性に合いません。営業担当者と一緒に心斎橋周辺をぐるっと挨拶に回ると、 相当な預金が集まりました。「私の信用度もまんざらではないな」と嬉しくなります。

まんちゃん
まんちゃん
百福さんは、平和な事が何より嬉しかったのかもね!

百福さん自身も口座を作り、トラの子のお金をすべて預金しました。 最初の数年間は順調に進みましたが「素人集団」という決定的な問題が・・・貸付審査は非常にルーズで、組合員への融資がルーズだったため不良債権が発生していました。

組合に預けられたお金は、関係の深い都市銀行に預けます。都市銀行は勝手に預金が集まるメリッ トがあり、その代わりに組合員の振り出す手形や小切手は手形交換所へと回り、そのお金は都銀を通じて支払うというシステムでした。

ぷくちゃん
ぷくちゃん
雲行きが怪しいよね・・・。

そんなある時、都市銀行から経営の問題点を指摘され始めます。不足金が設定融資限度額を超えると、態度が厳しくなりました。

こんな時に限って、うまい話が持ち込まれます。経営を再建したいという思いでこの話に乗りましたがやはり、失敗でした。

百福さんは、自分の預金を引き出して債権の処理にあてようとしました。しかし 組合の資産は凍結、自分の預金口座も勝手に引き出せない状況です。「倒産」、百福さんは理事長として責任を問われました。

まんちゃん
まんちゃん
素人集団なのに、8年続いたのが奇跡なのかな?

またしても、財産を失うことになったのです。国税局の役人が池田市呉服町の家に差し押さえにやってきました。須磨さんは現金や証書類を腹巻の中に隠します。残りは仁子さんがハンドバッグに押し込み、離れの間にほうり込みました。

別の部屋では、スキー場から帰ってきたばかりの冨巨代さんが疲れて寝ています。税務署員も、若い女の子の布団までは剥がさないだろうと布団の中にも書類を隠しました。小学校一年生だった明美さんのランドセルの中にも書類を押し込みます。

役人は、裸電球のともった納戸の中に入って財産になりそうなものを探しました。小学校三年生の宏基がタンスに貼られた赤紙をはがそうとしましたが、「これはもう私たちのものではないのよ」と須磨さんに止められます。

残ったのは、池田市の借家だけでした。

一等地の不動産も没収・・・
久原法房之助の助言で購入した心斎橋や御堂筋、大阪駅前の土地や店といった不動産物件もすべてなくなります。後年まで所有していたら、大変な財産になっていました。

税務署の査察は三回。百福さんはいつも不在で、翌朝になると食堂で何事もなかったように座っていました。

信用組合は倒産。 泉大津の時と同じように、百福さんはまたしても財産を失いました。  百福さんは毎日、 迷惑をかけた預金者一人一人の顔を思い起こしては、 これからどうしていけばよいのか。 頭の中はそれでいっぱいでした。

1957 (昭和32 )年即席麺「チキンラーメン」の開発を開始します!

まんちゃん
まんちゃん
「仁子のクソ教」でスッキリするわけないよね!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
仁子さんの心の強さを感じた気がする!

仁子さんは仕事はしていませんでした!仁子さんは巡礼に出かけたり、映画や文楽を楽しみます♪

「まんぷく」では、オリジナルのストーリー展開となりそうです!

最後に・・・

まんぷくに登場する「パーラー白薔薇」の実在モデルネタバレ調べましたが、実在モデルとなる喫茶店はありませんでした!

福子が、映画や文楽を楽しむ姿も見たかった(笑)しかし、オリジナルストーリーも見所が多そうなので目が離せません♪

「パーラー白薔薇」での、ウェートレス姿に注目です!