まんぷく

堀之内明美(安藤百福の長女)の現在は?夫や子供について

NHK連続テレビ小説「まんぷく」
ハッシュタグ「#世良に願いを」って知ってますか?

世良は、萬平たちが一生懸命作った「最上級の塩」を闇市へ・・・高価で売りさばき、得たお金のほとんどを自分の懐に入れてしまいました!


そこで誕生したのが「#世良に願いを」!このハッシュタグをつけて「世良さんに何か悪いことがおきますように」と願う人が続出しました!

「一生たこ焼きにタコが入ってませんように」みたいな、ちょっと嫌な気分になる程度のものばかりのようですが(笑)

まんぷくは常に話題になっていて、放送以外でも楽しめますよね♪

まんちゃん
まんちゃん
「#世良に願いを」私もしようかな(笑)
ぷくちゃん
ぷくちゃん
でも例を見る限り、世良は愛されてるよね♪

今回は、安藤百福さんの長女・堀之内明美さんについて調査するとともに、現在は何をしているのか、夫や子供についてなど詳しく紹介していきます♪

堀之内明美さんについて♪

安藤明美さん


安藤仁子さん、百福さんの長女・安藤明美さんは、1949年(昭和24年)1月26日に大阪府池田市で誕生しました。生まれた当時は、百福さんが脱税容疑(冤罪)で巣鴨の獄舎に収容されていました。

安藤明美さんが1歳になった時に、百福さんは釈放され団欒の日々が戻ってきます。しかし安藤明美さんは、生まれた時から不在だった百福さんにはなかなか馴染めませんでした。

まんちゃん
まんちゃん
生まれてからの1年は大きいよね・・・。

その後、百福さんが関わった信用組合の倒産もあり生活が安定しない時期が続きました。安藤明美さんが小学校3年生の頃、百福さんが再起を期して着手したのが即席麺の開発です。

この作業は家族総出でも追いつかず、親戚中の人が駆り出されて作業小屋は戦場のようになっていました。安藤明美さんは、兄の宏基さんとともに喜んで手伝います。

安藤明美さんは、麺を入れた袋を足踏み式のシーラーで閉じる役目でしたが、電熱部に足が触れてよく火傷をしていました。

足踏み式のシーラーはこんな感じ!?

まんちゃん
まんちゃん
よく火傷って!女の子の足に傷が残っちゃう・・・。

慌ただしい毎日ですが、日曜日の朝になると安藤明美さんは兄・宏基さんとともに百福さんと、愛犬の散歩がてら近くの山へ出かけました。楽しみは、散歩の後のクリームソーダを飲むことです。

ぷくちゃん
ぷくちゃん
小さい頃のクリームソーダって、なぜか惹かれるよね(笑)

プチ情報♪
実はこのクリームソーダの店歌手・女優となる「いしだあゆみ」さんの実家でした。宏基さんが「いしだあゆみ」さんと小学校の同級生だったことから、安藤家とは親しかったようです。

父・百福さんと海外視察へ

1966年(昭和41年)になると、即席麺の事業は軌道にのり、作業小屋は工場になり、生産量が増大してその工場も大きくなっていました。

この頃、百福さんは事業のターゲットを海外に向け始めます。何度も渡米し即席麺を世界に普及させるための「ヒント」を探りました。

海外視察に行くときは、安藤明美さんも同行します。百福さんは、安藤明美さんを可愛がっており、高校生になってからも手をつないで歩いていました。周りからは「友達みたい」と茶化されることも・・・。

まんちゃん
まんちゃん
友だちみたいな親子っていいよね♪

安藤明美さんが大学1年生の時、アメリカに同行したのですが帰りの便で、百福さんは思いがけない発見をしました。
この頃、百福さんはカップヌードルの蓋をどうするか悩んでいました。

蓋に採用したのは、アルミキャップヒントになったのが、直径4.5センチ、厚さ2センチほどの機内で貰ったマカダミアナッツの容器です。容器には、紙とアルミ箔を貼り合わせた上蓋がついていました。長期保存が出来るよう、空気を通さない素材を探していた百福さんは、研究をします!
マカデミアナッツの容器は、現在も記念に保存してあります。

機内で出されたマカデミアナッツの容器から、熱蒸着という技術を知りました。帰国して研究を重ね、ついに蓋が完成。カップヌードルを世に送り出すことができたのです。

まんちゃん
まんちゃん
機内で貰ったマカダミアナッツの蓋を見て、開発するなんて・・・
ぷくちゃん
ぷくちゃん
常に、モノ作りのことが頭にあるんだろうね!

恋のキューピット!?

神戸女学院の学長から母・安藤仁子さんに、学園祭への招待がありました。

安藤明美さんは、安藤宏基さんの嫁候補を紹介したいと言われますが、行き違いから当人と会うことは出来ませんでした。

落胆した百福さんたちですが、帰りがけにふとしたことから学園祭に来ていた甲南女子大学の学生と知り合うことになります。

この学生が安藤明美さんの同級生であったことから、とんとん拍子に婚姻話が進み1976年(昭和51年)、安藤宏基さんはこの女性「荒巻淑子さん」と結ばれることになりました。

実は、母・仁子さんの勘違いもありました!
安藤明美さんは大阪学芸大附属中学校から、編入試験を受けて甲南女子高校に入学しました。しかし、これは安藤仁子のさんの勘違いから始まります。

安藤明美さんが受験する予定だったのは、大阪府立北野高校でした。試験の当日、受験票が見つからず安藤明美さんは途方に暮れ泣き出してしまいます。

母・仁子さんが、間違って願書を違う学校に送ったことが判明。送り先が、神戸市の甲南女子高校だったのです。担任の先生も巻き込み、揉めましたが当初予定の北野高校へは入れませんでした。

しかし安藤明美さんは、甲南女子高校に無事入学。その後は甲南女子大学に入学し、宏基さんと淑子さんの出会いに繋がりました。

まんちゃん
まんちゃん
願書を送り間違えるなんて!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
結果、兄・宏基さんだけが得したね(笑)

仁子さんとのエピソード!勝手なイメージだけど、仁子さんってしっかり者かと思ってたから意外でした(笑)

それを考えると、明美さんが仁子さんのサポートをしていたのかな・・・?苦労は多いけど、楽しそうな家族ですね♪

夫や子供は?

結婚して「安藤」から「堀之内」へ

「再婚の人と結婚しないでね」。仁子さん、祖母・須磨さんも結婚相手は再婚で苦労したため、娘にだけは同じ目に合わせたくないという親心でした。

安藤明美さんは、知り合いの紹介で初婚の男性「堀之内徹さん」お見合いをします。

堀之内徹さんは長身で礼儀正しい好青年で、百福さんたちは惚れ込みました。安藤明美さん自身も、好意を抱いていたので交際が始まりました。

堀之内徹さんは「日本アレフ」という現在も残っているスイッチや
センサーを製造する会社を経営していたため忙しく、2人が結婚したのは
お見合いから5年後の昭和51年(1976年)6月のことでした。

まんちゃん
まんちゃん
仁子さん、祖母・須磨さんは相当、苦労したんだね・・・。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
みんなに認めてもえる、良い人に出会えて良かった♪

夫「堀之内徹」さん、子どもについて

堀之内徹の略歴【年齢: 76歳 (2018年3月31日現在)】
生年月日:1941年6月22日
1968年7月、株式会社日本アレフ取締役に就任
1987年2月、株式会社日本アレフ代表取締役常務取締役に就任
1990年6月、日清食品監査役に就任
1990年11月、株式会社日本アレフ代表取締役専務取締役に就任
2002年3月、株式会社日本アレフ監査役に就任
2015年6月、日清食品監査役を退任

平成2年(1990年)に堀之内徹さんは、日清食品の監査役として就任し、
平成27年(2015年)まで勤めていたようですね。

日清食品は、百福さんが創業します。百福さんの長男・宏寿さんが二代目の社長を務めていました。しかし、父・百福さんと対立し、追われるようにして社長を退任します。

その後、百福さんが社長に復帰したあとに、百福さんの次男・宏基さんが社長に就任しました。

ぴよきち
ぴよきち
一族経営にありがちな“お家騒動”があったんだね!

現在、百福さんの孫・清隆さんも日清食品ホールディングスの取締役で中国社の責任者です。

堀之内明美さんの夫・堀之内徹さんは日清食品ホールディングスの監査役を務めていました。

ぷくちゃん
ぷくちゃん
経営陣を身内で固めていたんだね♪

現在は日清ホールディングスの持ち株会社(有)インテックリースの取締役社長です

残念ながら、子供についてのデータは現時点で公のデータとしては見つかりませんでした。

まんちゃん
まんちゃん
情報ないと気になるよね・・・!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
堀之内徹さんは現役で働いているんだね♪

堀之内徹さんも関わっている日清食品グループには、安藤仁子さんと安藤百福さんの子孫が残っていますね!

安藤仁子さんや安藤百福さんの思想や信念を引き継ぎながら、新しいものをどんどん生み出していって欲しいです。

堀之内明美さんの現在は?


堀之内明美さんについての情報は、ありませんでした・・・。

しかし、Instagramのハッシュタグに注目してください!
「#堀之内明美」「#日清食品」とありますよね♪

この写真に、堀之内明美さんが写っているとすれば、幸せな日々を過ごしてるのではと感じました!

まんちゃん
まんちゃん
詳細が分からないなんて、本当に残念だな!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
写真のような、温かい生活しててほしい♪

最後に・・・

堀之内(安藤)明美さんについての情報は少なく、詳しいことがわかりませんでした!

百福さんは、家族についての記述をあまり残していなかったそうなので、仕方ないのかもしれません。

百福さん、もう少し残して欲しかったです(笑)

安藤家の一族で、これからも日清食品を成長させて、たくさんの人に良いものを届けてくれるだろうと期待しています♪