エール

古関金子(こせききんこ)の生涯について!家系図もチェック!

NHK連続テレビ小説第102作目となる「エール」。物語も盛り上がりを見せていて、毎日目が離せません!
主演の窪田正孝さんやヒロインの二階堂ふみさんの演技も好評です♪

男性主演の朝ドラは近年では「マッサン」の玉山鉄二さんがいますが、過去101作を見ても11作目と少ないですね。

まんちゃん
まんちゃん
朝ドラ開始当初は男性主演もあったよね。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
最近では本当に珍しい!

「エール」の物語のモデルは作曲家の古関裕而さんとその妻の古関金子さん。古関裕而さんは、高校野球でお馴染みの「栄冠は君に輝く」や阪神タイガースの応援歌「六甲おろし」、東京オリンピックの「オリンピックマーチ」等を作曲しました。

古関裕而さんは20歳で結婚しており、妻である金子さんとは晩年までおしどり夫婦だったといいます。金子さん自身も声楽家でした。

今回は古関裕而さんの妻古関金子さんについて調べてみましたのでご紹介します。

古関金子(こせききんこ)の生涯について

古関金子さん(旧姓内山)は1912年3月6日内山安蔵・みつの三女として愛知県豊橋市に産まれます。家族は長男と6人の女姉妹で、家業は陸軍に物資を納入する業者でした。父親は金子が12歳の時に亡くなっており、母親が家業を引き継いで子供たちを育てあげました。

金子さんは幼いころから音楽好きで、オペラや声楽にも興味を持っていました。1928年、豊橋高等女学校を卒業後は宝塚や音楽学校への進学を夢見ながら名古屋の知人宅で「女人芸術」という雑誌作りの手伝いをします。

(朝ドラ「エール」の制作が決まったことを報じる福島民友)

1930年1月、福島民友新聞で古関裕而という無名の青年が作曲した舞踊組曲「竹取物語」がロンドンの作曲コンクールで入選したと言う記事が掲載され、その記事を金子さんは目にします。

この新聞を目にしたことが金子さんの人生を変えることになりました。

このことを知った金子さんは感激し、古関裕而さんに「楽譜を送ってほしい。」と手紙を出します!その手紙がきっかけで2人は文通をはじめ、愛を育んでいきました。

そして3ヶ月文通をした裕而さんは福島から豊橋まで金子さんに会いに行き、そのまま結婚に至ります。その時、裕而さんは20歳、金子さんは18歳でした。

まんちゃん
まんちゃん
金子さんの行動力、すごいね!!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
いきなり古関裕而さんに手紙を出したんだね。何か運命的なものを感じたのかな。

古関裕而さんは金子さんとの文通をやり取りしている間、オーケストラ13曲・歌謡曲10曲・室内楽3曲を作曲し、この曲を金子さんに捧げますと手紙に書いています。手紙でふたりは愛を深めたのですね。

古関裕而さんは自分と金子さんをシューマンとその妻クララに例えて自分の音楽活動のパートナーとして思い描いていました。

 

金子さんと裕而さんは結婚後、日本コロンビアの招へいで東京で暮らすことになります。金子さんは近くに帝国音楽学校があったことから、そこで声楽を学びます。

金子さんの声楽の才能は抜群で、師事したベルトラメリ能子や仲間たちからも絶賛されていました。ベルトラメリ能子門下生の中では一番弟子となり、カヴァレリア・ルスティカーナやトスカなどの舞台を踏みます。しかし、その後子育てに専念するために学校は中退してしまいます。

1940年頃には金子さんは、再び裕而さん作曲のオペラ等にも出演しましたが、戦争の影響でその機会も次第になくなってしまいます。

1958年、金子さんは「婦人文芸」に詩や随筆を寄稿し、のちに「婦人文芸」の委員となります。その後も裕而さんとともにヨーロッパなどへ海外旅行にも出かけて仲むつまじく過ごします。

しかし、1980年7月23日乳がんが全身に転移し死去します。享年68歳でした。

古関裕而さんと金子さんの出身地である豊橋市と福島市は2人のドラマティックな物語をテーマとしたNHK連続テレビ小説を放映して欲しいと誘致活動を積極的に行ってきました。「古関裕而さんと金子さんをテーマにしたNHK朝ドラ実現を願う会」も発足し、署名運動やイベントを連携して行った成果、今回の「エール」制作が決定したのです。署名は豊橋市と福島市合わせて15万を越えました。

 

古関裕而さんとの子どもについて

古関金子さんには裕而さんとの間に一男・二女の3人の子どもがいました。
ここでは3人のお子さんについて調べましたので、ご紹介します。

長女・雅子さん  次女・紀子さん

昭和7年1月に長女の雅子さんが生まれます。
その後、昭和9年7月には次女の紀子(みちこ)さんが生まれます。
古関金子さんは当時、声楽を学びたいと帝国音楽学校の声楽科へ通っていましたが、雅子さんの妊娠・育児のため、音楽学校は退学することになりました。

昭和12年からは歌手のベルトラメリ能子から学び、本格的に声楽の勉強を再開します。
しかし、戦争の影響もあり、勉強や活躍の場は少なくなっていきました。
そして昭和20年の東京大空襲で世田谷の自宅が消失してしまったため娘2人を古関裕而さんの故郷である福島県福島市に疎開させます。
戦争の影響はどんどん広がり、福島市もにも危険が及び始めたため、疎開場所を飯坂町へと移します。

そして戦争が終わると、古関裕而さんは飯坂町から飯坂小学校の校歌の作曲を依頼されます。
古関裕而さんは飯坂町には世話になったから、と通常の半分程度の金額で校歌の作曲を請け負います。
その校歌は、長女の雅子さんが伴奏し、金子さんが歌を歌う形で披露されました。

金子さんは飯坂町に2人の娘の様子を見に行ったときに腸チフスにかかってしまいます
偶然、疎開先に医学生がいて診断してくれるのですが、病院に運ぼうにも当時のタクシーは木炭1俵を自分で用意しないと呼べませんでした。
古関裕而さんの弟が用意してくれた木炭で、金子さんは病院に運ばれるものの、生死をさまようほど重症でした
しかし、駆け付けた古関裕而さんの必死の看病もあり、なんとか一命をとりとめます。

長女・雅子さんからみた金子さん

2020年4月30日放送の「あさイチ」に、古関裕而さん・金子さん夫妻の長女の雅子さん(88歳)が電話で出演。金子さんの思い出を語っていました。
そのときに家族写真も画面に登場、ピアノを囲む古関裕而さん・金子さん夫妻と雅子さん、それから、女の子一人、男の子一人の五人が写っていました。男の子が長男の正裕さんだと思われます。

雅子さんは、母・金子さんについて次のようなエピソードを紹介していました。
戦争中、夜に明かりをつけるのが制限されている中、小さな明かりで家族みんなでトランプを楽しんでいたこと。
戦後、疎開してお世話になっていた旅館で、金子さんが外国語の歌を高らかに歌っていると、旅館に滞在していたアメリカ兵たちがうっとりと金子さんの歌を聴いていたこと。
そこにいるだけで周りを明るくしてくれる、太陽のようなお母さんだったと雅子さんは語っていました。

まんちゃん
まんちゃん
結婚前の裕而さんと金子さんの、実際の手紙も紹介されていたね
ぷくちゃん
ぷくちゃん
熱烈なラブレターに、思わずキュンキュン(赤面)

長男・正裕さん

終戦を迎えた翌年の昭和21年には長男の正裕さんが生まれます。
正裕さんは9歳のときからピアノを習い、高校・大学在学中は、学生カントリー・バンドやグループサウンズ「ヴィレッジ・シンガーズ」のキーボード、(財)MRAのシングアウト活動「Let’s Go」のミュージカル・ディレクターなどの音楽活動をします。

しかし、自身で作曲した曲を父である裕而さんに見せると、「頭で作っているね」と一蹴されてしまいます。
音楽では父を超えることは出来ないと実感した正裕さんは、大学卒業後は、日本経済新聞社に就職しました。データベース・システム、オンライン情報サービス・システムの開発などに携わりますが、早期退職(定年扱)します。その後は、青山で輸入婦人服のセレクト・ショップ「ブティック・ラフィーナ」を営みながら小説「緋色のラプソディー」を執筆し出版します!

父・古関裕而さんの生誕100年記念CD全集の企画・監修2009年日本レコード大賞企画賞を受賞します。2013年には、鈴木聖子さん・齊藤早苗さんと共にライブユニット「喜多三」を立ち上げました。

歌や演奏だけではなく、楽曲の紹介や曲にまつわるエピソードなどのトーク・ライブも行い、都内のホールやライブハウスを中心に活動しています。

長女・正裕さんからみた金子さん

正裕さんにとっては、過干渉な過保護の母で、しょっちゅう反発していたそうです!次第に、うまく対処することを覚え、金子さんの意見や小言は適当に「ハイハイ」と聞き流すようになります。金子さんは、正裕さんは素直で良い子だと思っていたようです。

正裕さんは、結婚して子供も生まれているようですが、詳しい情報がありませんでした。分かり次第、追記します!

古関金子の家系図

古関金子さんには両親と兄、2人の姉と3人の妹がいました。父親の内山安蔵は金子さんが12歳の時に病気で亡くなっています。母親の内山みつは安蔵が亡くなってからも家業で生計を立てていました。

まんちゃん
まんちゃん
お父さんは12歳の時に亡くなっているんだね…。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
お母さんは7人の子供を1人で育て上げた強い女性だ。

兄の内山勝英は満州で事業を起こしています。金子は満州へ兄に会いに行って帰国する際に客船が座礁し、死を覚悟したことがあるといいます。

他の姉妹については情報がありませんでした。今後わかりましたらまた追記しますね。

最後に・・・

明るく前向きに、古関裕而さんとともに歩いた金子さん。
「エール」でも2人の間に子供が生まれ、これからの展開も見逃せませんね!
放送中断まで残り1ヶ月を切ってしまいましたが、それまで全力でエールを楽しみたいと思います♪