エール

古関弘之(古関裕而弟)の現在や仕事を調査!他人の借金で廃業?

2020年春から放送される102作目の朝ドラ「エール」。

作曲家の古関裕而(こせきゆうじ)さん夫妻をモデルにして、主人公・古山裕一(こやまゆういち)を窪田正孝(くぼたまさたか)さんが、その妻、音(おと)を二階堂ふみ(にかいどうふみ)さんが演じます。
演技派の俳優さんが演じる主人公夫婦が、今からとっても楽しみですね。
今回私が気になったのは、古関裕而さんの弟に当たる古関弘之(こせきひろゆき)さん。「エール」では、古山浩二(こやまこうじ)と言う名前で登場します。

エールで描かれる浩二は、音楽の道をまっすぐに進む裕一に反発しています。両親の関心が裕一にだけ向かっていると思っていて、裕一が家業のことを考えてもいないのに愛されていることに嫉妬もしています。
そんな浩二ですが、伯父の家の養子になるために裕一が実家を離れる前の晩には、翌日に見送れないからとお別れを言いに来たりもしています。

まんちゃん
まんちゃん
兄弟のうち、自分のほうがないがしろにされているって思うのは兄弟あるあるだよね・・・
ぷくちゃん
ぷくちゃん
親は差別しているなんて思ってないし、どの子も大切なのが当たり前なんだけどね・・・

今回は、エールの主人公の古山裕一の弟・古山浩二の実在モデルである古関弘之さんについて調べてみましたのでお伝えします♪

古関弘之さんについて!エールでどうなる?

古関弘之さんをモデルにした古山浩二。「エール」では、福島の呉服屋「喜多一」の次男として生まれます。跡取りとして期待されていた兄・裕一が音楽の道に進むため福島から上京、そのため浩二が家業である「喜多一」を継ぐことになります。
自由に生きる裕一に反発しながらも跡取りとして頑張る浩二ですが、「喜多一」の経営はだんだん苦しくなっていきます。
浩二は、傾いた家業の再建のために奔走します。

浩二を演じるのは、朝ドラ初出演の佐久本宝(さくもとたから)さん。初出演した映画「怒り」の演技で第40回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞するなど、今まさに脚光を浴びている俳優さんです。

まんちゃん
まんちゃん
佐久本さんは、「怒り」でデビューしたのが2016年なんだって!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
まだ3年と少ししかたっていないんだね

古関弘之さんの生涯

古関弘之さんは、福島市大町の呉服問屋「喜多三」の次男として生まれます。「喜多三」は福島でも老舗の呉服問屋で、当時は裕福な暮らしをしていたようです。番頭や小僧が十数人と、たくさんの従業員が働いていました。また、明治末期には東北では仙台に続いて2台目であるナショナル金銭登録機を店頭に備え付けるなど、繁盛していた様子がうかがえます。

当時の当主で、古関裕而さん・弘之さん兄弟の父親に当たる7代目古関三郎治さんは音楽が好きで、大正初期にはまだ珍しかった蓄音機を店に置き、娯楽として従業員にも聞かせ、空いている時間にはレコードをかけて楽しんでいたと言います。

ところが、7代目古関三郎治さんが、保証人になっていた他人の債務を被ることになり、「喜多三」は大正11年に廃業することになってしまいます。廃業ののち、大正13年に「喜多三」は福島市新町に店を移し、染物などを行うことに。弘之さんもその跡を継いで、細々と「喜多三」を続けていきます。

古関裕而さん・弘之さんの生家である「喜多三呉服店跡地」には、「古関裕而生誕の地記念碑」が建てられています。現在はSMBC日興証券福島支店前にあるその記念碑からは、午前9時・正午・午後3時の3回、「さくらんぼ大将」「とんがり帽子」「阿武隈の歌」が流れてきます。

まんちゃん
まんちゃん
なかなかシビアな人生だね・・・
ぷくちゃん
ぷくちゃん
他人の借金で廃業に追い込まれるなんて・・・

古関弘之さんの家族

兄・古関裕而さん

古関裕而(本名:古関勇治)さんは、1909(明治42)年、福島市に生まれます。実家は呉服店の「喜多三」を営んでいました。父親が音楽好きだったため、音楽がいつも流れている家庭で育ちました。小学校の担任の先生も音楽が好きで、熱心に指導していたため、ますます音楽が身近な物となります。

旧制福島商業学校に在学中も独学で作曲の勉強を続けていましたが、このころ実家の「喜多三」が倒産してしまいます。商業学校を卒業した後は川俣銀行に勤務しながら、作曲家の山田耕筰さんと手紙のやり取りをしています。

1929(昭和4)年、チェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールに組曲「竹取物語」で応募、日本人で初めて国際的なコンクールに入賞を果たします。この報道を見て裕而さんにファンレターを送った内山金子さんが、3か月の情熱的な遠距離恋愛を経て裕而さんの妻になります。

1930(昭和5)年、コロムビア専属作曲家として夫婦で上京。実家の経済を支えるため、クラシックからポピュラーの作曲家として転身、懸命に働きます。戦中は戦時歌謡、戦後は格調高い流行歌や明るく勇ましいスポーツ音楽などを次々に生み出し、現在でもその曲は多くの人たちに愛されています。

1989(平成元)年、脳梗塞のため80歳でこの世を去ります。「エール」では、古関裕而さんをモデルにした主人公、古山裕一を窪田正孝さんが演じます。

義理の姉・古関金子さん

古関金子(こせききんこ、旧姓:内山)さんは、1912(明治45)年、愛知県豊橋市に生まれます。金子さんが12歳の時に父親が亡くなり、そのあとは母親が家業である陸軍への物資の納入を引き継いで、金子さんの兄と6人姉妹を育てました。

小さいころから音楽が好きだった金子さんは、音楽の道に進むことを夢見ていました。1930(昭和5)年の新聞に、古関裕而さんが作曲した組曲「竹取物語」がチェスター楽譜出版社募集の作曲コンクールで2等に入選したことが掲載され、それに感激した金子さんが裕而さんに手紙を出します。
3か月の情熱的な文通ののち、裕而さん20歳、金子さん18歳で二人は結婚します。

裕而さんと結婚したあとも、金子さんはオペラ歌手を目指して帝国音楽学校で声楽を学んでいます。子育てに専念するために学校は中退、プロ歌手として活動することはありませんでしたが、裕而さん作曲のオペラに出演したりしています。

1980(昭和55)年、乳がんのため68歳でこの世を去りました。「エール」では、裕一の妻で、金子さんをモデルにした音を二階堂ふみさんが演じます。

最後に・・・

いかがでしたでしょうか?

兄である古関裕而さんに比べ、ほとんど資料の残っていない弟、古関弘之さん。東京で華々しい活躍をする兄とは対照的に、故郷の福島で傾いた実家の家業を立て直そうと奮闘していた様子が想像できますね。

朝ドラ「エール」では、弘之さんをモデルとする古山浩二が主要キャストの一人として位置づけられているので、今まで知られていなかったエピソードが掘り起こされることも期待できそうです。

それでは、ここでエールでの浩二と喜多一について、少しだけネタバレです♪

浩二は実家の呉服屋「喜多一」のことを大切に思っていて、自分が後を継ぐことを望んでいました。そのため、父の三郎が、裕一には音楽の道を進ませ、浩二に後を継がせると決めたときには喜んでそれを受け入れます。

ところが、三郎が連帯保証人となって借金を背負ったことで、状況は一変。裕一たちの伯父の茂兵衛から融資を受ける代わりに、裕一は音楽をあきらめて茂兵衛の養子に入ることになります。
そんな立場なのに海外の作曲コンクールに応募して留学しようとしたり、結婚しようとしたりする裕一のことを、浩二は許せません。

結局、世界恐慌のために留学の話はなくなり、裕一はプロの作曲家になるために夫婦で上京することになります。
浩二は福島で、喜多一を立て直そうと頑張りますがかなわず、お店を閉めることに。その後、浩二は役場の農業推進係で働き始めます。

数年ぶりに福島に戻ってそれを知った裕一は、三郎が病気でもう長くないことを聞かされます。三郎の死をきっかけに、ようやく和解する裕一と浩二。
東京に戻る裕一に、浩二が言います。
「兄さん、俺、役場でりんご栽培の推進してんだ。うめえりんごでぎだら送るよ!」

まんちゃん
まんちゃん
やっと和解できたんだね・・・
ぷくちゃん
ぷくちゃん
でも喜多一はなくなってしまうんだね・・・

エール前半でのネタバレはここまで。後半での浩二の登場も、期待して待ちたいと思います♪