エール

菊田一夫の生い立ちや娘について!朝ドラエールに出演はある?

2020年春からスタートする連続テレビ小説「エール」
エールは作曲家の古関裕而さんをモデルにした物語で、窪田正孝さんが主役を演じることで知られています。

まんちゃん
まんちゃん
放送開始まであと2ヶ月!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
スカーレットもこれから一波乱ありそうだけど、エールも楽しみだね‼!

エールの主人公のモデルである古関裕而さんは戦後作曲家として活動するにあたり、劇作家の菊田一夫さんと二人三脚でコンビを組んで活動しました。
その活動期間はなんと36年間!!
今回はそんな古関裕而さんのパートナーである菊田一夫さんについてご紹介します。

菊田一夫さんの生い立ちや経歴について

生い立ち

菊田一夫さんは1908年に神奈川県横浜市で生まれましたが、生まれてすぐに養子に出されました。
その後、いろいろな人のところを転々としながら育てられ、5歳のときに菊田家の養子に入ります。
17歳のときに上京して、印刷工として働きながら、浅草国際劇場の文芸部に入ります。
その後コメディアンの古川ロッパに見出されて、作家の道に入り、古川ロッパとともに東宝に移籍します。
戦時中は、岩手県に疎開するものの、戦後は作曲家の古関裕而さんとコンビを組んで、演劇をはじめ、数々のヒット作品を世に送り出しました。

47歳のときに東宝の取締役に就任し、日本で初めてのブロードウェイ・ミュージカルの上映などにも尽力しました。
しかし、貧しかった少年時代の生活が忘れられず、東宝の専務取締役になってからも、貧しい少年の話を書き続けるなど、どんなに偉くなっても作風が大きく変わることはありませんでした。

さくらんぼ大将

菊田一夫と古関裕而がコンビを組んで、子ども向けのラジオドラマとして放送されたのが「さくらんぼ大将」です。
古関裕而が戦時中に疎開していた福島県を舞台に、主人公の少年が人々の交流を通して成長していく物語で、当時大人気となりました。

菊田一夫が描いた脚本を、古関裕而が福島県の方言に直したりと、戦後間もない暗いムードの日本の中で子どもたちが等身大で楽しめる貴重な作品になっています。

名言・人間どこまで行っても結局ひとり

NHKで放送されたインタビュー番組「あの人に会いたい」で菊田一夫は「人間はどこまで行っても結局ひとり」と語っていました。
当時は既に大きな賞をいくつも受賞して、劇作家としては大成されていたはずです。
そんな時期に人生観を問われたときでも、そんな考え方をお持ちの方でした。

この言葉は菊田一夫が手掛けた作品のセリフにも使われるなど、当時の菊田一夫の中で強く思っていた気持ちなのが伺えますね。

菊田一夫演劇賞

菊田一夫が所属していた東宝では、菊田一夫の功績を祈念して1975年に演劇の発展に寄与した人に与える賞を創設しました。
例年、4月1日から3月31日まで東京で上演された演劇作品の中から、「菊田一夫演劇賞選考委員会」により選考が行われ、4月に授賞式も行われています。

家族について

娘・菊田伊寧子

菊田一夫は生まれてすぐに養子に出されてしまったため、家族関係はよく分かっていません。
しかし、娘である菊田伊寧子も作曲家として活躍していて、父について書いた著書を出しています。

菊田伊寧子は幼い頃からピアノを習っていて、教会のオルガニストを務めたり、父である菊田一夫の手掛ける舞台の音楽を担当したりしていました。
その他、多くのテレビ番組の音楽を担当されていることもありました。

近年の演劇大賞作品

大竹しのぶ「ピアフ」

フランスの人気歌手エディット・ピアフの人生を描いた作品です。
お酒・薬に体中を蝕まれながら、歌い続けたピアフ。
お酒も薬も歌も全ては愛を求めてのことでした。
大竹しのぶさんが演じるピアフは上演されるたびに完売となるほど大人気作品となりました。

「Endless SHOCK」

堂本光一さん主演の舞台、「Endless SHOCK」でもスタッフの皆さんと高い舞台効果が評価されて菊田一夫演劇賞を受賞しています。
前身と合わせると20年以上も上演されているロング公演となっています。

最後に

経歴だけを見てみると華々しい人生の菊田一夫でしたが、何度も養子に出されたり、貧しい生活をされていたことにとても驚きました。
そしてその時の価値観が大成してからも抜けず、庶民と等身大の作品を描き続けていたことも、とても親しみのある劇作家なのだと分かりました。
「エール」の中で菊田一夫が描かれるかどうかは明かになっていませんが、これほど素敵な劇作家さんなので、是非ストーリーの中に登場させてほしいと感じています!