スカーレット

スカーレット武志のモデル神山賢一の作品や購入方法について紹介

NHK連続テレビドラマ小説「スカーレット」。
小池アンリが川原家に住むことで、家族というものの捉え方が少し変わってきました。
八郎との復縁もあるのか期待がもてるところです!
武志も窯業研究所で熱心に勉強を重ねています。
今回はそんな武志の実在モデルである神山賢一さんの作品や賢一さんの人生についてご紹介します。
賢一さんの壮絶な人生に驚かれる方も多いかもしれません。

そこで今回はスカーレットの武志の実在モデルである神山賢一さんの作品や購入方法について紹介します。

神山賢一の作品について紹介

神山賢一さんは母・清子さんの影響で幼い頃から陶芸が身近な環境で育ちます。
薪を割ったり、土を運んだり、清子さんにとっては助手のような存在でした。
工業高校を卒業後は信楽窯業試験場で3年間働き、ロクロや釉薬、石膏などを陶芸の基礎を学んで清子さんの元に帰ってきます。

賢一さんが釉薬の魅力に魅せられ、清子さんが信楽自然釉にこだわるのに対して、賢一さんは釉薬を使った作品を作っていました。
なかでも、長石と石灰岩、鉄イオンを原料とする釉薬に興味を持ちました。
鉄釉を使用した茶碗を「天目」と呼び、賢一さんは天目茶碗の制作に力を注ぎました。

滋賀県在住 教野弘孝(きょうのひろたか)さんのホームページより引用

SQUARE ARTGALLERY ホームページより引用

神山賢一の作品の価格と買い方について

清子さんへの対抗心から釉薬を使用した作品を作り続けた神山賢一さん。
賢一さんの作品を現在も手にすることが出来るのでしょうか?
購入方法があるか調べてみたところ、Yahoo!オークションに出品されたいたものがあるので、ご紹介します。

ヤフオクで見つけた神山賢一さんの作品は4点。
このうち2点をご紹介します。

ヤフオクより引用
こちらの天目茶碗は¥100.000円で出品されていました。

ヤフオクより引用
こちらの天目茶碗も¥100.000円で出品されていました。

ヤフオクでは全て同じ出品者から、作品が出されていました。
早くに亡くなられた方の作品なので、多く出回っているわけではないので、とても貴重だと思います。

神山賢一の人生を紹介

神山賢一さんはスカーレットの作品の中でもエピソードにありましたが、幼い頃は背の小さい男の子でした。
しかし、優しい性格の持ち主で友達はとても多くいたのです。
陶芸の傍らやっていたスポーツも得意で、バドミントンでは地区大会優勝の経歴の持ち主です。
運動神経を活かして高校時代に始めたモトクロスでも優秀な成績を残していました。
サーキットで有名な鈴鹿のロードレースでは入賞した経験を持つ腕前でした。

陶芸の道に入ってからも熱心な性格で天目茶碗の制作に全力を注いでいました。
しかし、賢一さんが29歳になったとき、白血病にかかっていることが分かります。
一般的には「血液のがん」と呼ばれているような病気で、治療には患者と白血球の型が合う健康な血液が必要です。
兄弟だと型が合う確率が高いのですが、賢一さんは姉である久美子さんと一致しませんでした。
当時は今のような骨髄バンクもなかったので、一時は絶望的になってしまいました。

しかし、賢一さんの友人たちが「神山賢一くんを救う会」を立ち上げ、ドナー探しと募金活動を開始しました。
活動の甲斐があって、3000人もの白血球のデータが揃いましたが、残念ながら賢一さんと一致する人は現れませんでした。

賢一さんは闘病しながら作品を作り続け、滋賀県で行われた「世界陶芸展」で清子さんと親子出展を果たします。
世界の陶芸を見に行くことを楽しみにしていた賢一さんでしたが、最寄りの路線で脱線事故が起きてしまい、念願だった世界陶芸展は中止されてしまいました。

間もなく、賢一さんの病状は悪化してしまい、白血球の型が完全に一致しないながらも、一筋の希望にかけ、叔母である静子さんの骨髄移植を行うことになります。
この甲斐あって一時的に体調はよくなるものの、再び白血病を患ってしまい、治療する手段がないことを告げられてしまいます。

清子さんは2人で献体登録する話を持ち出します。
もちろん医療に貢献という気持ちもありましたが、献体登録することで賢一さんが亡くなってからも2年間は遺体が安置されるので、会える時間が長くなる、という理由も大きかったといいます。

賢一さんが入院する前に作っていた作品を清子さんが自然釉で焼き上げたものを賢一さんに見せると嬉しそうにしていたものの、もう作品を持つ力も残っておらず、出血していた目からは涙が流れていました。
それでも賢一さんは国宝級の天目茶碗が展示されているという徳川美術館に行きたいと言い、清子さんと看護師で徳川美術館に訪れるものの、休館日で中に入ることは出来ませんでした。

その後はどんどん衰退していってしまい、賢一さんが31歳のとき、亡くなられてしまいます。
最期は清子さんの子守歌を聞きながらの旅立ちになりました。

最後に・・・

現在、スカーレットの劇中では賢一さんが実在モデルとされる武志が窯業研究所で陶芸の勉強をしています。
賢一さんがこうして学んで作った作品を今でもオークションという形でも手に入れることが出来るのは、芸術は時を超えて繋がるものなのだなと実感します。
志半ばで旅立ってしまった賢一さんと、傍で見守った清子さんの無念を思うと、とても切ない気持ちになりますね。