エール

菊田一夫の生い立ちが壮絶!妻や子供の現在やエールでの出演は?

2020年4月からスタートした連続テレビ小説「エール」
エールは作曲家の古関裕而さんをモデルに窪田正孝さんが主役を演じています。
古関裕而さんは戦後作曲家として活動するにあたり、劇作家の菊田一夫さんと二人三脚でコンビを組んで活動しました。
菊田一夫さんと言えば、今年の菊田一夫演劇賞を堂本光一さんが受賞したことでも話題になりました。

まんちゃん
まんちゃん
毎年4月に発表なんだね!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
堂本光一さん2回目なんてスゴイね!

古関裕而さんと菊田一夫さんがコンビを組んで活動していたのは、なんと36年間!!
今回はそんな古関裕而さんのパートナーである菊田一夫さんについてご紹介します。

菊田一夫さんの生い立ちや経歴について

経歴

・1908年(明治41年)神奈川県横浜市で生まれる
・生まれて間もなく西郷家に養子に出されて、生後4ヶ月で台湾に渡る
・台湾で西郷家に捨てられてしまい、5歳で菊田家の養子になる
・台湾城北小学校に入学するも、大阪の薬問屋「岸田市兵衛商店」に売られて年季奉公として働く
・「岸田市兵衛商店」を飛び出し、美術商の見習いとして働く傍ら夜学で学ぶ
・同人雑誌に詩を寄稿するなど文学に興味を示すようになる
・1925年(大正14年) 上京して浅草国際劇場の文芸部に入部
・1933年(昭和8年) 劇団「笑の王国」に座付き作家として迎え入れられ、劇作の道に入る
・1936年(昭和11年) 東宝へ移籍
・戦後、古関裕而さんとコンビを組み始める
・1955年(昭和30年) 東宝の取締役に就任
・1957年(昭和32年) 東宝直営の演劇専用劇場「芸術座」を開館
・1960年(昭和35年) 「劇作家四人の会」を結成
・1963年(昭和38年) 日本で初めてブロードウェイミュージカル「マイ・フェア・レディ」を上演させる
・1973年(昭和48年) 糖尿病に脳卒中を併発し、66歳で死去

生い立ち

菊田一夫さんは1908年に神奈川県横浜市で生まれましたが、生まれてすぐに養子に出されました。
その後、いろいろな人のところを転々としながら育てられ、5歳のときに菊田家の養子に入ります。
17歳のときに上京して、印刷工として働きながら、浅草国際劇場の文芸部に入ります。
その後コメディアンの古川ロッパに見出されて、作家の道に入り、古川ロッパとともに東宝に移籍します。
戦時中は、岩手県に疎開するものの、戦後は作曲家の古関裕而さんとコンビを組んで、演劇をはじめ、数々のヒット作品を世に送り出しました。


47歳のときに東宝の取締役に就任し、日本で初めてのブロードウェイ・ミュージカルの上映などにも尽力しました。
しかし、貧しかった少年時代の生活が忘れられず、東宝の専務取締役になってからも、貧しい少年の話を書き続けるなど、どんなに偉くなっても作風が大きく変わることはありませんでした。

さくらんぼ大将

菊田一夫と古関裕而がコンビを組んで、子ども向けのラジオドラマとして放送されたのが「さくらんぼ大将」です。
古関裕而が戦時中に疎開していた福島県を舞台に、主人公の少年が人々の交流を通して成長していく物語で、当時大人気となりました。

菊田一夫が描いた脚本を、古関裕而が福島県の方言に直したりと、戦後間もない暗いムードの日本の中で子どもたちが等身大で楽しめる貴重な作品になっています。

名言・人間どこまで行っても結局ひとり

NHKで放送されたインタビュー番組「あの人に会いたい」で菊田一夫は「人間はどこまで行っても結局ひとり」と語っていました。
当時は既に大きな賞をいくつも受賞して、劇作家としては大成されていたはずです。
そんな時期に人生観を問われたときでも、そんな考え方をお持ちの方でした。

家族について

妻・高杉妙子

菊田一夫には離婚した妻がいました。
昭和の人気女優・高杉妙子さんという方で、菊田一夫さんが手掛けたラジオドラマ「鐘の鳴る丘」に出演し、人気を集めます。
この作品の主題歌を手掛けたのが古関裕而でもありました。
また、昭和30年頃には今でも続く国民的アニメ「サザエさん」の実写版にも出演していました。
しかも主役である「フグ田サザエ」役の初代を演じていたので、当時の人気を高さをうかがえますね。

娘・菊田伊寧子(きくたいねこ)

娘の菊田伊寧子も作曲家として活躍していて、父について書いた著書を出しています。

菊田伊寧子は幼い頃からピアノを習っていて、碑文谷教会のオルガニストを務めました。森村学園高等学校を卒業後、父である菊田一夫の手掛ける舞台の音楽を担当したりしていました。
その他、多くのテレビ番組の音楽を担当されていることもありました。

次女

次女もいることが判明していますが、一般人のため情報がありませんでした。しかし姉の伊寧子と一緒に菊田一夫の墓を建ててくれる優しいお子さんであることは間違いありません♪

菊田一夫演劇賞 近年の受賞作品

菊田一夫が所属していた東宝では、菊田一夫の功績を祈念して1975年に演劇の発展に寄与した人に与える賞を創設しました。
例年、4月1日から3月31日まで東京で上演された演劇作品の中から、「菊田一夫演劇賞選考委員会」により選考が行われ、4月に授賞式も行われています。

大竹しのぶ「ピアフ」

フランスの人気歌手エディット・ピアフの人生を描いた作品です。
お酒・薬に体中を蝕まれながら、歌い続けたピアフ。
お酒も薬も歌も全ては愛を求めてのことでした。
大竹しのぶさんが演じるピアフは上演されるたびに完売となるほど大人気作品となりました。

「Endless SHOCK」


堂本光一さん主演の舞台、「Endless SHOCK」でもスタッフの皆さんと高い舞台効果が評価されて菊田一夫演劇賞を受賞しています。
前身と合わせると20年以上も上演されているロング公演となっています。

なんと、先日第45回菊田一夫演劇賞の発表があり、2007年以来2度目となる大賞受賞が発表されました。
現在、新型コロナウイルスの影響でエンターテイメント全般の自粛が求められる中、座長である堂本光一さんがリモート出演で気持ちを語っていました。

菊田一夫ってどんな風に描かれるの?

エールでは菊田一夫さんを俳優の北村有起哉さんが演じることが先日発表になりました!
菊田一夫は「エール」では「池田二郎」として物語に登場します。

いよいよ日本でも戦争の時代に突入してしまいます。
戦争さえも日本では「商売」道具になり、裕一も戦地へ行く軍人たちを勇気づける曲や残された家族に寄り添う曲を多く手掛けるようになります。

木枯も「利用されなければいいけど・・・」と密かに心配してくれていました。
そんな木枯の嫌な予感は的中してしまいます。
自分の曲が戦争の道具にされていた‥裕一は日本の敗戦を受けて大きなショックを受けてしまいます。

あんなに好きだった音楽を恨む裕一。
そんな裕一を再び音楽へと気持ちを向けさせてくれるのが北村有起哉さん演じる池田二郎です。
戦後の復興へと向かう中、子供向けのラジオドラマの制作を一緒に手掛けることになります。

戦争で傷ついた心。それは裕一も他の日本人と同じでした。
繊細な心を持つ裕一だからこそ、傷ついた人の心に寄り添う音楽を届けられる、そんな裕一の可能性を見出してくれる一人になるはずです!

まんちゃん
まんちゃん
裕一は繊細だから、ショックも計り知れないだろうね…
ぷくちゃん
ぷくちゃん
裕一を立ち直らせてくれる人やものがあるようで安心!

最後に

経歴だけを見てみると華々しい人生の菊田一夫でしたが、何度も養子に出されたり、貧しい生活をされていたことにとても驚きました。
それでもその時の価値観が大成してからも抜けず、庶民と等身大の作品を描き続けていたことも、とても親しみのある劇作家なのだと分かりました。
ジャニーズ事務所という人気のある事務所に所属する堂本光一さんが演劇大賞を受賞したことで、菊田一夫さんの知名度はさらに上がったのではないでしょうか?
「エール」の中で菊田一夫が描かれることで、さらに菊田一夫さんの知名度が上がりそうです!
人柄もとても素敵な方なので、丁寧に描いてくれることを期待しています!