エール

エール福島ハーモニカ倶楽部の実在モデルとロケ地ネタバレ!

NHK連続テレビ小説「エール」

藤堂と出会ったことで、裕一の周りには新しい風が吹き始めました。そして与えられた課題から作曲へ没頭し、その才能の片鱗を見せ始める裕一。裕一が三郎や藤堂から言われていた「得意なこと」を見つけることが出来ましね♪

そして、裕一は自分に送られた初めてのエールに感動を覚えます。それは、ハーモニカの音色がきっかけでした。今後、裕一は作曲とともにハーモニカにも魅力を感じて行きます。

まんちゃん
まんちゃん
ハーモニカの音色がきっかけで笑いが声援に変わるシーンは感動したな~。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
裕一に贈られた初めてのエールだもんね♪

今回は裕一が所属することになる「福島ハーモニカ倶楽部」についてとその実在モデルについて詳しくお伝えします。

福島ハーモニカ倶楽部について

裕一は福島商業学校時代に福島ハーモニカ倶楽部に所属します。しかし、ハーモニカ倶楽部の活動に夢中になり、学業は落第…。

そんな福島ハーモニカ倶楽部では、会長の館林が家業を継ぐために倶楽部を辞めることになります。プロ志望で憧れであった館林が辞めることに肩を落とす裕一。

裕一は倶楽部の演奏会用の曲を選ぶコンテストに挑むことに!コンテストに参加するのは館林と裕一です。そして、コンテストは裕一の圧勝。館林は裕一の才能を最初から認めていたのでした。

そんな裕一に残酷な運命が待ち受けます。実家の喜多一が経営難を乗り切るため叔父である茂兵衛から融資を受けることになります。しかし、融資の条件は裕一か浩二を養子に出すことでした。その話を聞いた裕一は、音楽の道を諦める決意をします…。

そして、最後の福島ハーモニカ倶楽部の演奏会。自ら作った曲を懸命に指揮する裕一。演奏後は観客から総立ちの拍手を受けます。そんな裕一の姿を見て三郎は涙が止まらないのでした。

まんちゃん
まんちゃん
裕一はハーモニカにどんどんのめり込んでいくんだね。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
作曲の才能もどんどん伸びていきそうなのに諦めるなんて…(涙)

実在モデルはある?

裕一の実在モデルである古関裕而さんは福島商業学校時代に福島ハーモニカソサエティーに入団します。そのため、裕一の所属することになる福島ハーモニカ倶楽部の実在モデルは福島ハーモニカソサエティーだと考えられます。

福島ハーモニカソサエティーは大正11年に橘登さんを中心として創設され、当時の日本でも有数のハーモニカバンドとして活躍。古関裕而さんはそこで作曲・編曲・指揮を担当します。福島ハーモニカソサエティーの活動は多岐にわたり、東京で行われた数々のひのき舞台で全国一流の演奏者として招待されていました。

この頃、古関裕而さんはレコード鑑賞会の火の鳥の会にも足を運び、ドビュッシーやストヴィンスキー、ムソルグスキーなどの音楽と出会い、ロシアやフランスの近代音楽にも夢中になりました。

福島ハーモニカソサエティーの創設者である橘登さんとその弟の橘正春さんはハーモニカ吹奏で全国優勝を果たし、当時の日本最高レベルの演奏能力と知名度を誇っていました。

まんちゃん
まんちゃん
すごい活躍だね!古関裕而さんがこんな一流のハーモニカ団に所属していたなんて知らなかったよ。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
そこで、作曲も指揮もしていたんだ!!

演奏会のロケ地はどこ?

裕一の所属するハーモニカ倶楽部の演奏会のロケ地は明治20年に建築された芝居小屋「旧廣瀬座」です。旧廣瀬座は伊達郡の当時唯一の大衆娯楽施設として、町内の有志によって建てられた芝居小屋です。このような芝居小屋は全国的にみても数棟しか存在していません。

大正時代から昭和50年までは映画館として利用されており、現在は国の重要文化財に指定されています。最近では周防正幸監督の最新作「カツベン!」でもロケ地として使われました。

旧廣瀬座では今でも毎年芝居小屋としての公演事業を行っています。伝統芸能や神楽・獅子舞などの無形民俗文化財を実演公演し、普段では味わえない雰囲気のある中での催しを見ることが出来ますので、是非行ってみたいですね!

所在地:福島県福島市上名倉字大石前地内(あずま総合運動公園内)福島市民家園
電話 :024-593-5249
休園日:毎週火曜日
入園料:無料

まんちゃん
まんちゃん
これは貴重な建物だね!!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
催しがあるときにぜひ行ってみたいな♪

最後に

いかがだったでしょうか?

これから裕一はどんどん音楽の世界に入り込んで行きます。ハーモニカの演奏シーンも楽しみになりますね!しかし、喜多一の経営難から養子に行かなければならない展開は辛いものになりそうです…。

裕一が、どのようにしてまた音楽の世界に戻って来るのを楽しみにしたいと思います♪