まんぷく

まんぷくと美智子様の関係は?なぜ検索されているのか調べてみた!

今放送されているまんぷく!毎日、笑いあり泣きありの展開で楽しく見させてもらってます。やっと萬平さんが釈放されてホント良かったですよね♪

それでまんぷくについていろいろ調べていると検索キーワードに「まんぷく 美智子様」というものを発見。これは気になる!と思って調べてみたところ美智子様のご実家がなにか関係があるようです!

まんちゃん
まんちゃん
美智子様になんの関係があるのかな?
ぷくちゃん
ぷくちゃん
朝ドラに皇室が出演ってなったら大ニュースになるよね!

 

ということで今回は美智子様とまんぷくにどんな関係があるのか、もしかしてまんぷくに登場する可能性も?と疑われているようなので詳しく紹介します。

まんぷくと美智子様の関係は?なんで検索されてるの?

「まんぷく」でモデルとなるのは、今や私たちの生活に欠かせない「インスタントラーメン」を生み出した日清食品の創業者・安藤百福さんとその妻・仁子さんです♪

美智子様のご実家について検索すると・・・ご実家は日清製粉ということが分かりました!

同じ「日清」ということで関係があるのではないか!?と予想した人が多く、検索をされていたようです!

それでは日清食品と日清製粉の関係についてそれぞれの歴史も踏まえながら紹介していきます♪

日清食品の成り立ちと歴史

「日清食品」という社名は「日々清らかに豊かな味をつくる」という安藤百福さんの願いから生まれました。

終戦後、食糧難となった日本では、お腹を空かせた人々が街にあふれ、栄養失調のために行き倒れになる人が後を絶ちませんでした。この悲惨な光景を見た安藤百福さんは「やっぱり食が大事。食がなければ、衣も住も、芸術も文化もあったものではない」と食の大切さを痛感します。そこで”お湯があれば家庭ですぐ食べられるラーメン” を作ろうと決意。長い間あたためてきたアイデアの実現へ向けて、第一歩を踏み出しました。

自宅の裏庭に建てた小屋で研究を始めます。道具や材料はすべて、家庭にあるありふれた調理器具や身の回りにある道具(じょうろなど)使いました!1日平均4時間という短い睡眠時間で丸1年間、たった一人で1日の休みもなく研究を続け、まさに死にものぐるいの日々でした。

①おいしいこと
②簡単に調理できる
③長い間保存できる
④手軽な価格
⑤衛生的で安全
安藤百福さんは、この5つの目標を立て開発します♪

即席麺は1958年の春ごろにはほぼ完成しました。貿易会社の知人に頼んでサンプルをアメリカに送ると、さっそく注文が!実はチキンラーメンは国内販売のめどが立つ前に、輸出されていたのです。

1958年8月25日に安藤百福さんが開発した、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売されました。お湯を注ぐとたった2分で食べられる「チキンラーメン」は、当時の常識では考えられない食品だったため《魔法のラーメン》と呼ばれました。

1948年9月・大阪府泉大津市で「中交総社」という名前で設立。

1958年8月25日・「チキンラーメン」を発売。世界の食文化に新しい一歩をしるしました。

1958年12月・「日清食品」に社名を変更します。

1962年・初のスープ別添えタイプ「明星ラーメン」を発売。麺やスープの深い味わいが楽しめると、都市部の主婦たちを中心に人気を集めました。

1971年9月・「カップヌードル」を発売。これまでにない新しい食品の登場は、若い世代から大きな注目を浴び、多いときには1日2万食を売り尽くすほどでした。

1986年6月に冷凍食品を製造する「エヌエス冷凍食品」を設立。

1999年11月・大阪府池田市に「インスタントラーメン発明記念館」がオープン。子どもたちに発明・発見の大切さを伝えたいという安藤百福さんの思いが込められています。

2002年6月・滋賀県草津市に「食品安全研究所」を設立。お客様の視点に立って原材料と製品の品質を保証し、安全で安心な製品を届けるという重要な役割を担っています。

2005年・日清食品とJAXA (宇宙航空研究開発機構) の共同開発による宇宙食ラーメン「スペース・ラム」が、スペースシャトル「ディスカバリー号」にのって宇宙へと飛び立ちました。この時の宇宙飛行士は野口聡一さんでした。

2007年1月・安藤百福さん死去。創業者の安藤百福さんは96歳の天寿を全うしました。「ニューヨーク・タイムズ」紙は1月9日に追悼の社説を掲載。 『ミスターヌードルに感謝』という見出しを立て、安藤百福に最大級の賛辞を贈りました。

2011年9月・神奈川県横浜市に「カップヌードルミュージアム」がオープン。発明の原動力となった「クリエイティブシンキング=創造的思考」の秘密を、数々の展示やアトラクションを通じて体感することができます。

2018年8月25日に「チキンラーメン」は60周年を迎えました。

日清製粉の成り立ちと歴史

 

美智子様の実家は冒頭でも書きましたように「日清製粉」です。父親である正田英三郎さんは実業家で、日清製粉を父親の代から受け継いでいました。

日清製粉グループの創業者・正田貞一郎さんの三男に生まれたのが美智子様の父親正田英三郎さんです。

そして、現在は美智子様の弟である修さんが日清製粉の社長に就任して日清製粉を支えています。

 

1900年10月・群馬県邑楽郡館林町(現 館林市)に「館林製粉株式会社」が設立。

1907年3月・横浜に「日清製粉株式会社(初代)」が設立されました。

設立当時は日露戦争景気が続いていましたが、工場建設中に戦後恐慌に転じ苦境に陥ります。

1907年10月・日清製粉株式会社(初代)を、館林製粉が吸収合併します。

合併後社名は地方色を排し、日清製粉株式会社(2代目)に改めました。

「日清」という言葉は海外に視野に入れているということを示していて、明治後半に好まれた言葉です。

今から100年以上もさかのぼる1900年(明治33年)に始まります。その後、国内にとどまらず海外の企業とのM&Aや新規企業の設立を繰り返しながら規模を拡大しています。

今も昔も「小麦粉と言えば日清」と言っても過言ではない程に、日本人の食卓を担う企業のひとつです。また、小麦粉にとどまらず加工食品やペットフード、医薬品などの幅広い事業を行なうグループ企業としても、私たちの毎日の食や暮らしを支えてくれています。

平成24年11月に「製粉ミュージアム」をオープン。日清製粉の創業の歴史から最新製粉技術まで体感・見学できる「小麦」「小麦粉」をテーマとしたミュージアムです。

まんちゃん
まんちゃん
歴史(時代)を感じるね!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
どっちの「日清」もよく使ったり、食べたりさせてもらってるよ♪

日清といえば、過去には「日清戦争」もあったように、日本の「日」と現在の中国である「清」とのかかわりを示す言葉でもありますよね!

実は、社名の由来がこの「日清」なのが日清オイリオなんです。調べていて、知ったんですが(笑)もしかすると、ほかにもたくさんの「日清」があったのかもしれませんね。

美智子様がまんぷくに出演される可能性は?

インスタントラーメンを扱う日清食品、小麦粉を扱う日清製粉、食用油を扱う日清オイリオの3社。食品を扱う企業としてそれぞれが有名ですね。
グループ会社だと思ってる人も多いのではないでしょうか。

しかし3社は、資本提携関係が全くないだけではなく、設立者、会社ができた年もバラバラです。

ちなみに、「日清食品グループ」には、日清食品、明星食品、日清食品チルドなどの企業があります。

「日清製粉グループ」には、日清フーズ、日清ペットフード。

「日清オイリオグループ」には、攝津製油株式会社や日清商事株式会社などがあります。

「創業者の言葉」と「明治時代に流行った言葉」といったように日清の意味が異なる独立した別の会社ということが分かりますね。

検索キーワードに「まんぷく 美智子様」と出ているくらいなので、「まんぷく」に出演するかも!と期待した人もいるかもしれません。

ですが「日清食品」とは関係ない別会社なので美智子様は「まんぷく」には登場しないでしょう。

まんちゃん
まんちゃん
同じ漢字で、同じ読み方なのに全然違ったね!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
正直に言うと、同じグループと思ってたから驚いたよ(笑)

「日清食品」と「日清製粉」の関係性について調べているうちに、「日清オイリオ」まで・・・(笑)でも、どの会社も有名ですよね♪「あっ、この製品使ってる」なんて思いながら書いていたくらいです!

美智子様が朝ドラに出演ってどんな感じかな、って期待したので残念ですが・・・
それぞれの社名には由来があり、業務内容も異なる事が分かりました!
「まんぷく」で安藤百福さんが創業した「日清食品」がどんな感じで登場するのか楽しみです♪

最後に・・・

美智子様の出演がないということは分かりましたが、個人的にもう一人気になる人が・・・
それは、2016年より日清食品に所属している大坂なおみ選手です。日清食品のCMに出演していましたよね!あくまでも、個人的な妄想です(笑)

「まんぷく」は衣装・ストーリー・役柄・キャストなど、常に何かが話題になっていますね♪インスタントラーメンについてや、日清食品についての今後の展開も楽しみでしかたありません!見どころ満載の「まんぷく」に期待しましょう!