エール

エールネタバレ│裕一は慰問先ビルマで先生と再会!無事帰国!?

NHK連続テレビ小説「エール」


とうとう「エール」も戦争という時代に突入しました。今まで当たり前に出来ていたことが制限されていく中で裕一や音の生活も激変していきます。そして裕一もビルマに音楽慰問へ行くことに。最前線であるビルマから裕一は無事に帰って来ることが出来るのか?そこで裕一が目にしたものとは?

まんちゃん
まんちゃん
とうとう裕一も戦地へ向かうのか…。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
危険な場所みたいだけど大丈夫かな?音も心配だよね。

今回は裕一が音楽慰問で訪れるビルマから無事に戻って来ることが出来るのか、詳しくネタバレをご紹介します!!

実在モデル・古関裕而さんの慰問

裕一の実在モデルである古関裕而さんは戦意向上の慰問のため戦地を訪れています。1度目は昭和13年の中国の漢口。「レコード隊」を結成し、戦地の前線で戦う兵士たちを自ら作曲した曲で激励しました。しかし、前線の極めて危険地帯であったため銃撃戦にあうこともあったため、帰国を決意します。

2度目は昭和17年の日本放送協会が派遣した「南方慰問団」です。文化人や芸能人が多数集められた30人ほどの団体で、シンガポール・ビルマ・中国奥地やマレー半島ななど過酷な旅を続けました。そして昭和19年にはインパール作戦における「特別報道隊員」として南方慰問に参加し再びビルマを訪れます。

古関裕而さんはビルマのラングーンに数ヶ月滞在し、戦争最前線の恐ろしさや悲惨さを体感しました。「エール」での裕一の戦地への慰問は古関裕而さんの2度のビルマ訪問を参考にしたと考えられます。

まんちゃん
まんちゃん
古関裕而さんはこんなに戦地に行っていたんだね!
ぷくちゃん
ぷくちゃん
かなりの危険地帯にも足を運んだみたい。

裕一に戦地慰問の依頼が来る


昭和19年、裕一の元に報國音楽協会からの呼び出しが来ます。それは裕一への戦地への慰問の依頼でした。この慰問は作戦の一環という位置づけで、行き先も期間もすべて機密事項というものです。実際に報道されているより日本軍が厳しい状況に立たされていることを知る鉄男は裕一にその話を断るよう助言しますが、裕一は「みんな命がけで戦っているんだ。僕は、僕に出来ることがあるなら協力したい。」と慰問へ行く決意を固めていました。

一方、音も裕一が慰問に行くことを心配しギリギリまで断るように勧めます。しかし、音の言葉も裕一には届かず「自分だけが逃げるわけにいかない」と話す裕一。そんな時、裕一の母・まさが倒れたという知らせが電報で届きます。しかし、慰問への出発を遅らせることも出来ず、裕一は戦地へと旅立つのでした。

まんちゃん
まんちゃん
慰問とはいえ戦地へ向かうわけだから危険が伴うよね…。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
本当だね。音と鉄男が心配する気持ちも分かるよ。

慰問先のビルマで藤堂と再会


裕一の慰問先は、インパール作戦が展開されているビルマ(現在のミャンマー)でした。ラングーンにあるホテルに滞在し、時折学校や施設へと慰問に出かけます。そんなある日、新聞記者である大倉憲三から、ビルマに藤堂がいるという情報を聞く裕一。裕一は慰問を申し出て藤堂に「ビルマ派遣軍の歌」を届けたいと思いますが、戦地の前線付近まで行かなければならないことでなかなか決断が出来ずにいました。

しかし、裕一は戦場へ行く決意を固めます。そして駐屯地で藤堂と再会を果たす裕一。
「コンサートをしたくて、手あたり次第に楽器を持ってきました。楽器を演奏できる人は…。」
「そんなことだろうと思って、もう集めてある。」
翌日にコンサートを開こうと皆で練習し、夜は酒を飲みかわす裕一たち。そして翌朝、裕一は藤堂から一通の手紙を託されます。それは妻の昌子あての遺書でした。
「俺が死んだら渡してくれ。」

楽団員たちがコンサートに向けて練習をしていると、なんと敵の銃声が鳴り響きます!!銃撃戦が始まり藤堂は裕一を必死で隠し、その瞬間藤堂の体に銃弾が…。裕一は藤堂に駆け寄り近くの塹壕に引っ張りますが、「最後に、お前に会えてよかった。」と言い残して力尽きてしまいます。

それから間もなく、インパール作戦は中止。日本軍はおよそ9万の兵が投入されたのにも関わらず、生存者は1万数千人という敗北だったのでした。

まんちゃん
まんちゃん
藤堂先生とせっかく再会できたのに(涙)
ぷくちゃん
ぷくちゃん
涙なしでは見られないよ。

裕一の帰国


その後、裕一は帰国の途に就きます。帰国した裕一は昌子へ藤堂からの手紙を届け、その足で福島の実家・喜多一へと向かいました。まさの病状が悪化したこともあり、音と華は福島に疎開していたのです。藤堂と会えたことだけ音に話す裕一でしたが、それ以外は何も話しません。音は裕一の様子から戦地での辛い出来事を悟るのでした。

「しばらくは1人でいたい」と言う裕一の気持ちを汲んで、音と華は福島に残り裕一は先に東京へと戻ります。戦地から戻り戦況が悪化しても軍のために曲を書き続ける裕一。しかし、昭和20年8月15日。戦争は終わり、日本は負けたのでした。

まんちゃん
まんちゃん
裕一は戦場で辛い思いをしても曲を書き続けたんだね。
ぷくちゃん
ぷくちゃん
使命感に駆られていたのかな…。

最後に

裕一がとうとう戦場へと向かいます。そこで待ち受けていたのは恩師との別れでした。目の前で藤堂の死を見た裕一の精神的なショックが心配です。実際の戦場を見るということは地獄だと言われていますが、今の私たちには想像も出来ない惨状だったのでしょう。戦争が終わり、これからは人々を勇気づける曲を裕一には書いて欲しいですね。